合理性について

 
うーん、某s氏の言わんとすることは「まろやか」なので、正直、私が触れなくてもいいんじゃないかなぁと思うんですが、合理性については書きたいと思ったので。(この駄文はネギまとはあまり関係ない話です)
 
 
●合理性とは?
合理的とかってのは主観的態度なんですよ。目的を明確にしていない場合、大概、趣味の問題ですね。例を出していきましょう。
 
○量的合理性
9人の人間が居たとして、6人を救える選択と3人を救える選択があったとする。6人を救う選択をするのは、合理的と言えるでしょう。この場合は潜在的な目的としてより多くを救うという基準があることが言えます。
この場合、全員救えるのに6人しか救わない場合には不合理でしょうね。
 
○質的合理性
じゃあ、3人の側に何らかの「大事な人」が居たとしたら? 恋人じゃダメかもしれませんけど、王様とかだったら3人を救うことが合理的な選択ということになるんじゃないでしょうか。
この段階で既に量的合理性と質的合理性はぶつかるわけです。どっちが正しいとかは、目的をどう見出すかといった主観的な判断としか言えなくなってきます。例えば、王様が悪政を働く暴君で、6人の側に幼い王子が居たとしたら?…………なんで王様が選ぶ立場に居ないのかが不思議な設問ですけど(笑)
 
○以下、様々な合理性
時間的合理性とか、距離的とか効率とか色々な合理性が考えられます。ガイドラインとして何を採用するべきか?という問題に決定的な答えを用意することはまず無理でしょう。ケースバイケースとしか言えません。
 
 
●合理的選択における「リスク管理
でもまぁ、合理的選択で一つ特徴的なのは、「リスクを恐れる」という点です。
ではリスクって何なのでしょう。
 
○リスクとは?
辞書的な意味では「予測できない危険」らしいですが、リスクがあるんじゃないか?と思っている時点で予測はしているのです。具体的にどう危険なのか予想できないことから派生してダメージを負うかもしれないということに対する危惧ですね。
つまりリスクとは「危険かもしれない」という意味です。これらは可能性の話であって、その中には「安全かもしれない」も含まれているのです。
 
 
○可能性としてのリスク ()内は%表示
100%の中で「危険が無い(50)」、「危険がある(50)」とした場合、「危険があったが無事(25)」、「危険があり無事ではない(25)」。ここから更に、「死亡(12.5)」「無事ではないが、命は助かった(12.5)」と来て、更に、「許容範囲のダメージ(6.25)」「許容範囲外のダメージ(6.25)」……とするなら、
 
結果的に安全:75%
小破:6.25%
死亡・および深刻なダメージ:18.75%
 
……という話ですね。結果的に安全の75%と死亡・深刻なダメージの18.75%をどう評価するか?でしょうね。多いとみるか、少ないとみるか? (こんなの変動しますけどね)
 
 
●ネギのとるべき、「より合理的な態度」とは?
見付けるアテのないまき絵とゆーなをさっさと切り捨ててとっとと現実世界に帰ることかもしれませんよね。
よく言うじゃありませんか、全員助けようとしてみんな助からないよりも、一部の人間だけでも助けるべきだって。オスティアのゲートが無事なのが分かったのだから、助けられるメンバーだけでもさっさと助けてしまえばいいのでは?とかね。ほら、これってとても合理的でしょう?
 
このような態度は過剰にリスクを恐れている場合には確かに正当化されるでしょう。この場合は何よりもリスク=「危険かもしれないこと」を回避することが優先されています。そういう態度を選ぶのも自由でしょう。まちがっているとは、いえない。
 
 
 
しかし、大きく勝ちたいのであれば、リスクに踏み込んで行かなければならない場合もある。ラッキーパンチは、ガードしているだけでは得られないものなのです。
それと、残念ながら、最善の行動とは、最善の結果を保証するものではありません。ラッキーパンチを狙って出しても、カウンターでKOという結果になるかもしれません。それが嫌ならガードを固めておけばいいのです。
 
 
○結論とか
俺の考えたネギま!が一番合理的なんだーとかいうつもりはありません。色々な合理性があってもいいんじゃないでしょうか。なによりも作者様には関係ない話ですしね。現状をより良く分析することが考察の目的みたいなものではないでしょうか。(厳密に何が目的かはまた別の話ですけど)
でもまぁ、具体的にそれをどうやるの?とか突っ込みたい気分はありますけどね。