ネギと千雨の共犯意識

 
●ネギパーティは2人の秘密を共有しうるか
ネギと千雨には「世界を救う」っていう共通の目的があって、それが2人の秘密になっている。世界を救うのは何故だか「いけないこと」なので、2人は共犯意識によって結ばれているわけだ。で、他のキャラはこの秘密を共有できるのかどうか?って話。のどか辺りは混ざりたいかもしれない。
 
 
まず世界を救うことに対して、なぜ罪の意識を感じてしまうのか?がある。
「世界を救ったんだから まー、いーじゃん」と考えるキャラはネギの苦悩を理解することが出来ない。実は世界を救うことが「正しいこと」として自明ではないからで、そこが理解できない。「なぜ、滅んではいけないのか?」これは嫌だからっていう趣味の問題なのだ。大多数から無条件に支持を得られるはずの「世界を救う」という行為は、実のところ全員からの支持を得ることはできない。少なくと滅ぼそうとする敵がいるわけだから、全員が賛成するわけじゃない。大ピンチになってからやっとこさ緊急避難的に肯定されるのみだろう。
 
そして世界を救う者には無限の責任が発生する。その一部は選ばれなかった可能性に対する罪悪感だろう。といっても自ら罪の意識を感じようと思わなければ無視してしまえる類のものでもあって、無駄なプレッシャーだったりする。
「確かに無駄かもだけど、感じなきゃいけないたぐいのものだよな」って分かる人でないとネギの苦悩は理解できない。実はこの裏でプレッシャーを駆動力へと変換して前に進むのに使ってもいる。罪の意識もネギにとっては燃料みたいになってしまう。その是非や倫理性は……誰が10歳の少年を責められるのか?みたいな曖昧な部分を残すだろう。
 
作中だと超鈴音の計画を潰して「未来に対する責任を負った」の文脈の方がわかりいいかもしれない。これを背負ってるのはほぼネギ1人だけだったりする。理解できるはずの夕映は、自ら手を下していないことによって助かっちゃってるらしい。要するに、現在の世界の在り様を自ら選択していないってことなんだろうね。それは、どこか別の場所で誰かが選んでいるものかもしれない……などと思ってしまえるぐらいに感覚的に遠いものだ。結論は人類の総意みたいなものに委ねられると思うのはある意味で当然である。総意に委ねることでみずからの責任は極微となる。
だから、ネギみたいに自分の責任として受け止めてしまう「無駄な自意識の作用」に対して「まぁまぁ〜」と合いの手を入れるのが正しいことだと感じてしまえるわけだ。まぁ、個人的にはそれで間違っているとも思わないけどね。ネギを告発しても仕方ないと思うし。
 
別の視点だと世界を救うという大仕事をすることで自意識が極限まで肥大するため、自己評価を低くすることでバランスを取ろうとする部分もあるかもしれない。カレカノの有馬総一郎やSO BAD!の連城環なんかの「周囲からチヤホヤされるキャラ」も自己評価が低くなっている。こっちは自分が周囲から愛されていることを受け取れない形になるんだけど、謙虚さとして周囲から認識されている。
 
 
ネギは過去を未来への駆動力に変換している。明日菜は未来タイプなので今のところネギの痛みそのものは理解せずに否定してしまう。つまりネギの傷を舐めないわけだ。罪の記憶を封じられた黄昏の姫御子アスナと統合されることで過去と未来の側面が揃う。そうして始めて最終的にネギの隣に立つ形になれるのだろう。
 
過去寄りの現在タイプである千雨はネギのサポートに適していて、理解者としては明日菜よりも千雨が優れているはずだが、逆にネギは千雨を理解しない。共犯者として秘密を共有するのにとどまる。
もう一人、雪広あやかも現在タイプではあるが、その要素よりも無条件の愛によって無限の責任を背負うネギや、重い過去を背負う黄昏の姫御子アスナを楽にすることができるだろう。
 
 
パルや朝倉は世界を救うことに対する罪の意識の本当のところは理解しないだろう。だがネギと千雨がそういう間柄だってこと自体は分かるのかもしれない。見守ることによって、2人の秘密を黙認する形になるだろう。
 
問題なのは、世界を救うのはこの2人だけの仕事なのか?という部分だ。クラスメイト達にしても本当は分かっているのかもしれない。だがその本当というものにはあまり価値はなさそうでもある。表現上、ネギに力は貸すし、敵とも戦う。しかし世界を救うつもりはないってことだろう。複雑な状況において「敵を倒したら、世界が救われる」などは結果論もいいところなのだ。これはそもそも最適解が連続した結果として最終的に「この敵を倒してくださいね?」という状態になって始めて意味を成す。
 
この問題は、是非を問うことそのものが果たして正しいのかわからない。世界を救うよりも、友人や味方を助けるためってことで良いんじゃないかってのあるからだ。
 
なんというか、自意識の問題のナイーブさはあまり扱わなくていいものかもしれない。結論でにきぃし。