雑記(ガラスの仮面45)

 
やっぱり凄い。

ガラスの仮面45巻
今だ遥かな高みにあり、だねぇ。正直、分からないなら黙ってろと言いたいぐらいだわ。
休載も含めて超長期の作品だけに、時代がガラ仮を追い抜いてしまったんだよね。演劇理論だとかも当然に進歩して、古くなっちゃった。時代も、背景描写も、全部古くなってしまった。だからそういう古臭さをなんとなく感じて、もう役に立たないだろうから「さっさと終われ」ってことなんだと思うけど、追い抜いたつもりのモノが総崩れになってて、再びガラ仮に追い抜かれるんだろうな。
 
見映えだけのものが潰えたら、本物に戻るしかないんだろうね。
 
http://www.yokoso.metro.tokyo.jp/p-art/artwork.htm
(29と30に、水の神殿と空の台座)
 
都庁を使う作品は多いけど、行ってみたいという気にさせる作品は少ないよ。
京アニ作品ですらハルヒの坂道ぐらいだし。2段階以上のコミットが必要なのかもしれない。エスパー魔美の方がシンプルで構図も美しくて力強いけど、ガラ仮の方がごちゃごちゃしてても想い入れに繋がるはずだ。その場所に立ってみたいと思わせる力が段違い。
 
理解できる高さから眺めなければならないし、理解するには同化するほどに身を入れなければならない。それは「同じこと」なんだけど、時空の方が自動的に歪むぐらいのことがへっちゃらでないとね。
 
ストーリー的には、亜弓がマイナスを手に入れて強化(狂化)中。単純な犠牲の量で量ればマヤに勝つ目が出てきちゃった?って感じの内容。
 
ライフワークみたいなものを完成させるのって、たぶん死ぬ覚悟がいる。それが終わっちゃったら死んでしまうかもしれないものだから。そうでないなら次の夢を必死になって探さないといけない。誰も彼もがそうあるべきだとは思わないけれど、そう在る人達をどうのこうの言っても、まぁ仕方ないよね、ぐらいしか言える事もないのではないかと。