雑記

 
某テレビ番組をチラッと見て、昭和の前半は警察も検察もクソだったから、マスコミが叩かないとどうにも成らなかったんだ!という言い分もあるんだなーと思ったり。でも「過去の夢、再び」ってことにはならないっしょ。さんざん偏向報道しまくって、自分達が正義面しても害悪なのはマスコミの側だかんね。政府機関が暴走したらそれをマスコミが叩くのは分かるよ。でもマスコミが狂って暴走したら、そりゃ誰が叩けばいいんだよ?って話じゃないさ。自浄作用なんかない癖に。
 
ちょっと前に石田純一がデモに参加したらテレビで干されたとかって話になってたけど、文脈が「抵抗にあったけど正義を貫く俺ってカッコイイ」になっててどうしようもなくアチャーだった。
もっというと、だんだん韓国人化しつつあるような気がしてならぬ。マスコミに騙されて、信じちゃって、熱くなって。もうすんげー、気色悪いのな。
 
 
京アニ聲の形をアニメ化
聲の形がアニメになる話は聞いてたけど、京アニだとは知らんかった。いつのまにか角川との蜜月終了してたってことかな。たしかにKAエスマ文庫のばっかりになってたっけ。フーン。少し面白い展開だね。
 
昨日ハム速で、久々に『らき☆すた』のOPみたんだよ。あいまーい3せんちって。あの無闇やたらなパワー的なものは無くなったね。その意味でバカやってたのが誰だったのか?みたいな部分はあるかもしれないけど。
ちくしょう、アレックスってマジで●だったのかよ! 騙された!
 
 
鉄血のオルフェンズ
1話が100点だったのでどうなるかと思ったが、順調に盛り下がってますな(苦笑)
うまいなーと思ったのは、近年のガンダムものって叩かれてたから、普通の合格点なら満点とれちゃうんだなってことだね。ガンダム的なお約束からはむしろ外れてるのに、それは気にならなかったものね。(御大がまるで気にしてないってのもあるけど)
本当は3話まで畳み掛けるような展開で盛り上げて視聴者のハートをがっちり掴んで、4話で話を整理しつつ、5話のラストで急展開!ぐらいのペースが欲しかったかなぁ。あんまり期待しないでみたいと思います。
 
 
 
・まだ自分の中で答えが定まっていない話
 
物語の主人公って王子様とかだったりが多かったと思うのだ。カーストで言えばピラミッドの頂点みたいな連中が主人公だった。王族は神の血を引いてたりするから、神殺しは父親殺しの意味合いが強くて、父親の権力を継承する意味合いになる(神話とか)
 
市民革命以後、カーストなピラミッドの破壊が起こり、「フラットな世界」への移行が始まった。かならずしも王子様が主人公ではなくなっていくわけだ。識字率などが上がり、感情移入先が王子様から市民の子倅へと移動すると、本来なら主人公の資格が無い人間が主役をやるハメになる。俺にとってはペルソナで発生したのと同じ疑問が立ち上がる。善と悪が等価だと気が付いたらどうなるか?というものだ。主人公も一般人なら、悪役も一般人へ。誰でも良くなってしまうとどうなるのか?というと、主役としての資格を保証する機能をどこに求めるのか?ということがメタ的な問題になったのだ。
 
空から女の子が落ちてくると、ついでに悪役を連れて来てくれた。主人公を規定するのは、悪役がいる環境だった、ということだ。悪役がいなくてヒロインだけなら恋愛ものになる。英雄的な意味のヒーロー性、ヒーローとしての資格を失うことになる。
 
変身ヒーローになれたとしても、悪の怪人はいない問題だよね。
 
これの何が悪いのか?というと、別に何も悪くないような気もするし、逆にそれでは困ると決め付けてしまうのも良くないような感覚もあるんだよね。
 
だが、無責任な社会という方向に話が発展していくような気もする。フラットな社会では、エリートはたぶん育ちにくい。エリートは当然ながら縦型の価値観の産物だから、フラット化の流れに逆らうことになる。鼻持ちならないエリート、というだけで攻撃対象にされかねない。
そして責任を持つ人間が減れば、社会は低俗化の道をあゆむだろう。歯止めが利かなくなり、グズグズに堕していく。片付けなければ家がゴミ屋敷になっていくように、だ。
 
ここに新自由主義ネオリベラリズム)とかが絡んでくる。ほっといても神様がちゃんとやってくれるよ!という放任主義で上手く行くかどうか。放任主義だったとしても、そこで生きていく人間達は、責任をもって自発的・内発的な善良さをもって、まるで神の計画でもあったかのように、うまく社会を回していくかもしれない。そういう幸運が永遠に尽きないとかの可能性がないとは言い切れないからね。介入して規制することによって人間の能力やその発展を妨げてしまうような状況だってありえるかもしれないし。
 
グローバル経済的には、どうも国による介入、特に通貨政策による危機回避の行動が取れなくなってしまうらしくて。EUは通貨統合したことで、国ごとの政策がとれなくなってしまっているようだ。経済的な自立を失ったことで、自律性までも失ってしまっているようだ。
 
盲目的なグローバル化から、国ごとの自立性を保ったままお付き合いしていくインターナショナリズムへの再転換の時期に向かいつつあるのではなかろうか、ってね。
まぁ、TPPとか部分的に手遅れ感がないでもないけど。
しかし、トマトとか高いんだよね。近頃は際限なく野菜だのの値段が上がっていきよる。もうデフレ脱却が原因じゃねーだろ。勘違いしてないか? ちょっと速くTPPでトマト安くなって!日本の農家に思い知らして!とか思わないでもない。(割りと本気で)
 
ただまぁ、フラット化しつつあるものを、縦型に戻せばいいのか?というと、それは単なる揺り返しじゃねーの?とかは思ってしまうわけで。喪男であれば、自分がモテるようになるまで逃げ続けるんだよね。常に劣等感の塊りで、最弱の最悪に感情移入する喪男は、どこまでも逃げ続ける。その結果、最終的に勝ち続けることになる。途中でガンダムにおけるニュータイプみたいな大転換・大転倒もやらかすけど、そこに留まらずに逃げ続けるんだよね。
 
フラットに成り続けるのであれば、イケメンとか生まれながらに才能をもってるヤツとかが敵になりそうな話だけど、格差も我慢できなくなるだろうし、真の平等主義ってんなら、遺伝子いじくって、人間自体を美形種族にしてしまえばいいのだろうけれど。いや、それでもたまたま操作に失敗してブサイクとかの設定を作ってそこに感情移入するだろうしなー。
 
こんなのに結論は出ないんだけどさー。
どうしたってフラット化し続けるだろうね。それと構造的な格差は解決しないだろうなぁ。エリートは必要だけど、弱体化は免れないだろうね。中国はお粗末だけど、エリートとスーパーエリートの数は人口だけで比較すれば10倍になりうるんだよね。ただ、2〜3倍ぐらいじゃねーかと思ってる。