雑記(プレランディング・プレートのあれこれ)

ひと眠りしてしまったので、夜中だけど少しだけ。
 
 
●プレランディングとはなんぞや?の問題
3週間ぐらい悩んでいる話があって、それを書いていくんだけども。今日、秘伝5月号を買ってきました。なんか書いてあるかな?って。しかし今回は歩道じゃなくて、冬季オリンピックのBA解説でした。そっちはセル・ルースニング重要とか書いてるけど、高岡先生ってこれでもかってぐらい能動性の人なのに?とか思わずにいられません。実際に動いているところを拝見すると、メッチャ脱力が効いてるようにしか見えないんだけど、そもそもアウターを脱力しないと、インナーマッスルに効いてこないからね。ゆる体操インナーマッスルの筋トレだもの。 健康体操だなんて冗談じゃない。そのぐらいやってる内容が違うんだもの。ゆる体操は死んだよ。完全なトレーニング法だったよ。
 
まったく言い足りないけど、そっちはともかくとしておこう。
 
身体意識とかディレクトシステムってなんぞや?という話から触れていくと、「能力の解明」と「実践方法の探求」が掛け算になってる感じなのね。たとえば「鷹の目」みたいな能力があるとする。おおまかには俯瞰視の能力みたいな説明のされ方になると思うんだけど、そういうのってある種の解剖学的な説明方法であって、運用法ではないんだよね。どうやったらそれを使えるようになるか?みたいなものは問われない。わかんないからだね。
 
そもそも人間存在とか人体ってのが、いったいどういう能力を発揮し得るのか?みたいな能力の解明自体が膨大に広がっている。人間にできること、可能なことって何なの?って話だよね。多様な能力を獲得しえる基盤があるってことだからさ。それだけでもとんでもなく面白い話なのさ。
 
その上で、とある能力を利用したり再現するにはどうすればいいの?って話がでてくる。まったくの個人的な能力かもしれないけど、ある程度は再現可能かもしれない。それはどうやって?と追求していく部分が必要なわけだ。現状は、天才とか才能とかの個人的な資質として断絶されていて、まるで分っていないのに、無知を知っただけで分かった気になって満足させようという圧力が存在している。くだらない輩が他人の足をひっぱろうとしているわけだ。
 
極意とかディレクトシステムってのは、要するに操作アイコンのことだ。人間の能力は、身体意識という図形的な意識=操作アイコンで成立しているっぽい。軸とか丹田とかだな。原理はあるんだろうけど、それは解剖学的な知識でしかないから、それを扱うには極意のようなアイコンを身につけないといけない。この原理とアイコンの組み合わせみたいなものがメチャクチャに面白いわけ。
 
 
これで漸くプレランディングの話に入れるんだけども。原理とアイコンの話はしたからな?
プレランの訓練は、つまり、そのまま原理探求のアプローチに他ならないわけさ。プレランってなんだろう?って話だからね。しっかり解説してくれる場合も多いんだけど、プレランはいまいち説明不足というか。なので、自分で仮説を立てて、検証しての流れに入るんだけど、なかなか仮説ができてこない。
 
以前にプレランを練習した時に出てきた、「遅らせ着地」をやってみたわけですよ。これは原理からのアプローチで、似たような動きをしてやれば、原理が働くからそんな感じの作用が出てくるだろうってことだ。やり方は簡単で、歩いてて、前に足を振り出したら、着地(接地)の時に一拍遅らせる。それだけ。
 
朝、駅のホームで早歩きしていると、たまに競ってくる人がいるわけ。そういう時に、遅らせ着地をしてやると、少しずつ歩幅に差が出来て、数歩で抜き去るようなことが可能だったりする。やっていることとしては、ピッチ(回転数)を犠牲にして、ストライド(歩幅)を伸ばしているはず。原理として何が起こっているのか?を考えるのは意外と面白くて、歩幅を広げているように見えて、実は、歩行時の体幹&体軸の移動運動を延長する効果があるらしい。
 
室伏先輩が表紙だった秘伝3月号の歩道の内容から、走運動なんかの高速移動運動が「人間の飛行形態」でほぼ確定したので、プレランディングは飛行技術を問題にしている。猛獣腕振を小走りとかで強めに使うと、かなり強く「浮き」が発生する。プレランと浮きの組み合わせは、なおさら飛行技術の話になっている。「遅らせ着地」をしただけで、体幹&体軸の移動時間=移動距離が延びるわけで、原理的に飛行運動に関係してそうってなったわけだ。
 
ここまでは原理的にはそうおかしくないんだけど、今回はピンと来てなかった。やはりプレートとしての平面の意識が出来てこないことには、本当に素晴らしい動きにはならないんだろうなって思っていたからだ。原理だけ分かったような気になってはダメなのが身体意識の世界。アイコンとしての極意装置を体現していくと、いろいろと発見があるからね。そんなんで「なんか今回は巧くいかないなー」とかって思っていた。というか、最近「今回はダメだな」ってのが増えている気がする。才能が枯渇したかも。
 
んで、秘伝4月号の内容から、足裏を水平に保つように、みたいなアドバイスを真に受けつつ訓練してみたんだけど、地平面に俺の体が反応していないことが問題の気がしてきたわけですよ。
 
「足裏に補助プレートを作って、プレランプレートに乗ればよくね?」となった。動きがまったく変わってきた。おおっ、今回の発見は凄くないか?と思った。面白い・面白いと浮かれつつ遊ぶわけですよ。武を遊ぶってね。プレランプレートを、アイススケート的な感覚でスッと滑らせるわけ。無上に心地好い感覚が生まれるのよね。そして階段を踏み外すのに近い感覚も生まれてきた。「あー、これのことかも?」とかも思いましたよ。
 
 
そこで、平面ってのに引っかかりを覚えてもうた。……へい、めん?
 
 
つまり、「全方位」って、コト?
 
 
甲野善紀先生が、って、よしゆきだとずっと思ってた!よしのりなんだ?覚えられなさそう。甲野先生が、縮地とした技法を、なんやかやあって水鳥の足と呼ぶようになったとかの話を思い出した。プレランは体軸移動運動を引きおこす飛行系の技術だし、プレート上を滑る動作を水鳥と呼ぶのはわかりみが深いというかなんというか。この段階で汗がダラダラになってきて、というか、高さを変化させて1ミリとかのプレート上を滑らせる動きをしたら、それもう「すり足」じゃん!とかに気が付いてしまった。
 
いや、この話には重大な問題というか欠点があって、プレランディングは、腕でも成立するって話なんよ。打撃技でプレート上を滑らせる動きってなんぞ? 踏み抜かないとダメじゃね?って。じゃあ、この滑らせる動きってなんなの?ってなるよね。そうすると古い高岡本にフロートって概念が書かれていたって瞬時に連想できてしまった。状況証拠とは一致しているんですけど。
 
逆に、プレランディングは「遅らせ着地」であってるのかも。プレランディングプレート=水平面の意識だとすると、複数の能力の前提の訓練になっている可能性が出てきた。でも高岡先生による名称設定の問題まではどうにも解決しようがない。そもそも、すり足レベルの秘奥をこんな雑に解明しちゃって良かったのか? とか、これ書いて大丈夫?とかって思わずにはいられない。でも書いたけど。いや、悩んだよ。めっちゃ悩んだ。ウクライナとかスーパーどうでもいいと思っちゃってる。
 
打撃時の遅らせに意味があるのかどうかだよねぇ。手元で遅らせる意味があるのかどうか。パンチを高速化しようとすると、体幹と腕とで反作用的なベクトルになるのかもしれない。←→みたいな。パンチを高速化しようとするあまり、体重が乗って行かない。それを手元で遅らせ打撃にすることで、→→のような形で体重を突きに乗せられる、とかね。普通に考えたら表面に発生する打撃のインパクトを、遅らせる打撃にすることで、内部破壊にしようとするものなんだろうけど。
 
今は、滑らせてからの遅らせ着地を楽しんでます。16時間断食!とかってやってたら2回もスッ転んだんで、止めた。足が付いてこなくなるんだもの。
 
もっかい寝るか―。