アクセル・ワールド1(川原礫)★4

 
評価 星4つ
 
なんのこたぁない、彼女の方が筋金入りの2D人間だった、という話。
 
ラノベ、電撃の大賞受賞作。ぶっちゃけてしまえばペトロニウスさんの評価のズレを試してみたかったというのが大きいかな。個人的にも以前からどういう作品を大賞にしているのか?という辺りの評価方法なぞを知っておきたいというものがあって、受賞作を優先的に読んだりしていることもある。(書くつもりが無いので分析とかはしていない)大賞まで受賞していると面白いものが多いのではなかろうか。というか、最近は数を読んでいないのでそういうことを書いても責任を取れない(笑) この作品も良作なので★4つ。もう一歩、深く抉られるものがほしいところ。トラウマ的な意味じゃなくて、人生に対する影響とかの意味で。
 
喪男の哲学史的な意味では、現実の階級闘争から逃げて逃げて逃げて、あ、もうひとつ逃げた果てなぞに現実を捨て、仮想現実で強制的に全員が幸せになるようなところまで逃げるはずなのだけど、宿業というべきか2Dの世界でも上下関係を作って階級闘争をする話(笑)と分類できる。
この話は基本となる部分なのでもう少し続けるけど、ガンダムだと通常のエリートの世界に対し、アムロのようなニュータイプが登場することによってニュータイプを頂点とした階級制度への変更が強いられる。闘いのセンスというヤツは、(ただの常識でしかないんだけど、どうも一般的に理解されていないらしいのでここではセンスと書いている)既存の価値基準の中にあって、自分の構成要件の中から、これに勝利しうる要素を抜き出して勝利することを言う。もっと簡単に表現すれば、自分に素質のある部分で、周囲に勝てる要素を見つけてがんばれってことだわな。アムロならニュータイプって要素で世界をひっくり返したわけさね。エリートの皆様が影でコツコツと努力を積み重ねていたってのに、そもそもニュータイプになれなきゃ全く歯が立たないっていう(笑)
 
ここにはとりあえず2つの要素があるわけだ。一つは「別の戦い」なら自分でも勝てるかもしれない!っていう要素。もう一つは、その根底にある「負け組みに対する感情移入」という要素。
ニュータイプが価値観として既存のエリートを避け付けなくなった途端に、0083みたいなニュータイプになれない漢達の作品が登場して人気が出るとかね(笑) どう頑張っても負け組に対して感情移入する人達がいるらしいので、全員が強制的に幸せになるような世界にならない限りこの負け組に対する感情移入は終わらないわけだ。彼ら、喪男は逃げ続け、そのことによって世界を変えてしまう。その努力が結果的に社会貢献と近しいためでもある。
 
 
で、話はやっとこの作品に戻ってくるわけだけど、今の時代より圧倒的に進化した仮想現実が実現した世界。なのだけど、主人公はリアルではデブでキモいと自分で自分を貶めているタイプで、イジメがそれを事実だと肯定している。ゲームは得意、どころか超反射神経の持ち主。おデブなので現実の身体はその反射神経に付いて来れない。
たまたま特権的な加速世界への切符を手に入れるわけなんだけど、この段階でこの作品の残念な部分は、主人公の超反射神経がまだ活かされていない辺り。既に1巻と銘打たれているので続編に期待すればいいような気もするのだけど、加速世界なのはともかくとして、主人公の能力って敵が超加速してもそれに追従する能力の気がするんだよね。(雷速瞬動のネギを叩き落すような意味で)
 
それからラノベで成功するタイプの一つとして、世界の構築がお上手というものがある。一端その世界を読者の脳内に構築すると、その世界で動いている姿をもっと見たくなるという循環が起るらしい。こういう自分の脳を使った自前シミュレート的な要素はエンタメでは結構大きいようだ。というのもこういうものが元祖・仮想現実的なるものだからだろう。
でもその為には構成要素を上手に活用していないといけない。その点でも学校内でのローカルネット強制接続や、外の世界でのグローバルネットといった区分けなどが巧く演出されている。ちゃんとモザイクをつくっているわけだ。学校は安全だという意味である種の「学園結界」や「安全な箱庭(=母親の胎内)」であったり、学校で加速世界の住人が2人しか居ないという特権的な要素が先輩との恋愛要素と直結していたり。その他にも「直結」の意味付けとか、直結用コードの長さなどが人間関係の距離を表すのは技アリだった。
 
先輩との恋愛関係に関しては、階級闘争の住人というヤツが、勝ちたい衝動の裏返しとして跪きたいと思っている、といった指摘をしておけばそれっぽく何かを書いたような気になれる、とでも言おうか。「勝つ/負ける」の組み合わせなのだから、表裏一体で何の不思議もないという。上遠野浩平ブギーポップで書いているように、完璧に勝負が付いて負けてしまった場合、惚れるか、逃げる(無関心になる)ぐらいしかないわけだ。権力に対する服従によって自己を保存する本能があるんじゃないの?だとか。これを裏返すと個には何の価値もないって話なんだけどな(プゲラ)
 
それから幼馴染3人の関係は、小学生→中学生といった時期的なものを巧く使っている。要するに仲間としての関係の維持を最優先したために、幼馴染の女の子が友人とくっ付いてしまうのだが、小中学生の話(セックスが絡んでいない男女関係)であることでセーフになっている。これが高校生になってしまうとそんなくだらない理由で好きでもない男とくっ付いた彼女の無思慮が鼻に付くようになるからね。そしてここでも転移のような「構われ体質」を指摘することで主人公のモテの理由付けを「巧くこなして」いる。
 
 
こんなところかなー。個別要素の最大化が巧い印象。通常と思われる読み方だと心理の描き方が秀逸、になるんじゃないかな。超反射神経の活用が甘いぐらいだったし。ああ、後は1日1バトルの制限があったので「それでどうやって先輩を守るってんだ?」とか思ったぐらいかなぁ。勝負が終わった後に先輩と闘えるんじゃないの?みたいな部分の説明が遅かったなぁ、とか。
ゲームシステムから来る葛藤もあって、これからどうやってレベル9をバトルに引きずり込むのか?といった辺りとかが見所になりそう。良作でオススメです。