南ちゃんキラ説

 
(ついやっちまった。後悔はしていない。)
 
というわけで、あだち充「タッチ」でいうと、南ちゃんはキラなんだよ。
 
南ちゃんの夢は、徹頭徹尾「達也の嫁」でしかない。ここを外してしまうとタッチという話は何も分からなくなってしまうのだ。
甲子園ってのは「幼い頃の夢」でしかなく、約束だって単なる勢い*1以上のものではなかったのだが、和也の気持ちにはとっくに気付いているため、努力する彼の手前、そうそう無碍にもできなかったりするわけだ。
まぁ、なんとかなるだろう……とか思っている間に和也が死んで面倒なことになってしまうのであった。なんという計算違い。
 
問題なのは、なんで達也のことが好きなのか?ってことであって、実際、達也は「自分の才能」にその原因があると思ってしまっていた。なぜならば和也がそう思っていた(と達也は思っていた)からだ。
達也は基本的に「才能と南ちゃん」の両方を最初からもっていて、才能があることに対して申し訳ない気持ちを基本的なキャラクター性として持っている*2
 
和也の方はというと、和也の中には「達也と南の世界」というものがあって、兄・達也に対する憧れであり、南に対する恋慕の情が分かち難いものとして存在している。
和也は兄に対して努力で勝とうとする。才能を持つが故に、弟に手抜きする兄。それは賢い弟にとって本当の愛情では無かったからでもある。
 
兄に勝つことは、その兄を愛する少女を自分の方に振り向かせる意味をもっていた…………と言いたいところだが、兄に勝った暁には、ようやく南を兄に譲れるといってケジメを付けられたのだろう。
兄に勝負を挑んだ時点で、南をどうあっても手に入れられないという諦めが付いていたのである。兄が自分に振り向く=本気になることを目指してしまっていたのだ。
 
めんどくさい話だけども、達也は努力すること無しに南ちゃんを手に入れたと思っていて、自分だって大好きなのに、なんとなく弟に譲ってしまいそうだった。そこで弟としては、兄に勝つことで南と兄がくっ付くことができるように行動を起こしてしまったのだ。
 
そしてそれら全てを仕組んでいたのは、南ちゃんだったのだよ。
(な、なんだってー!!?)
 
 
南ちゃんの気持ち悪さというのは「他人を使って本命を発奮させようとする部分」にその本質があって、作中では「中学野球部」と「新体操」がそれに当たる。意訳すると、「頑張らないと他人のものになっちゃうよ?」なのだ。
 
お陰で達也の方はボクシングをやってみたりして「野球」という世界になかなか近付けなかったりする。
普通だったら「他人の彼女」になっちゃって、自分を取り戻しにくるかどうか確かめるようなことをするわけだけど(H2)、達也には「他人に対する遠慮」という性質があるから、南ちゃんと言えども、取り戻しにくるといった確信を持つには至らない。
その辺りは他の彼氏と付き合う代わりに新体操をやってみたりして微妙に距離を置いたりするわけ。しかもアイドルとかになっちゃって自分の価値を高めることにも余念がない。
もっと言うと、自分を汚すような真似は断固としてしない。これは80年代だったらヒロインの清純さだけども、現在の視点ならば、強烈な自己保身だろう。ライトが自分では決して「目の契約」をしなかったことと同じだ。(一方でミサは二度も寿命を半分にしている。)要するに、完璧な計画で達也をモノにする気満々なのである。
 
甲子園なんざどーでもいいのに、求愛されるためにはまったく手段を選ばない。
「甲子園に連れてって」はその象徴的な台詞だ。
頑張れば私は手に入りますよ?…………なんという嘘。
努力を信仰する人間にとっては最悪の大嘘である。
しかもみんな嘘だと分かっているんだけど、つい信じたくなってしまう「出来の良いフィクション」だったわけだ。
 
 
和也が死んで以降、計画が狂った南ちゃんが達也を立ち直らせ、価値のある男に仕立て上げる道のりは涙無しには読めない。最終的には、達也の一方的な勘違いなんだけども、和也と共に生きている!というところまで引っ張り揚げてしまうのだから恐れ入る。良妻賢母とかいいたい人もいるだろうけれど、キラの精神とどう違うというのだろう。
 
達也が遂に「上杉達也浅倉南を愛しています」の台詞を言うとき、
南ちゃんは(勝った!)と思っていたに違いないのだ。それを愛と呼ぶか執念と呼ぶかは読者に委ねられた権利というもの。タッチという話でただ1人勝ったのは浅倉南という「早熟な女」なのである。
 
 
 
例えば、達也が(勉強とかで)本気だして和也と勝負をしていたとしたら、ここまで面倒なことにはならなかったと思われ(苦笑)
タッチという話が与えてくれる教訓とは、「対人関係において手抜きしちゃイカンぞ」ということなのである。


(やっぱり後悔し始めた。)

*1:ちっちゃい頃の夢としてのパイロットとかそういう類の

*2:作者の兄弟関係の話は有名なので省略