魔法先生ネギま! 212時間目

5/6 夕映の項目にちょっと追記
 
むむっ、これは……ッ!
 
 
●下着合戦
脱がしあいレースということで、勝負下着着用なのですね?(わかります)
エミリィは脱げる気無しということで、普段から着用しているブラですね?
 
●サーヴィス疑惑
そしてコレットのノーブラ疑惑!(サービス担当!?)
夕映のカードが胸元で光るところなどは喧嘩売ってるんじゃないかというほどのサービスっぷり。まったくけしからんね。
 
●威力差
各人の武装解除の威力の差にも注目したいところ。
エミリィの無詠唱・武装解除と夕映の武装解除とで威力差は明白ですね。
うおおっ! 何故、エミリィのブラは花びらにならない!
ブラが吹き飛ぶかどうか?ってのは非常に大きな実力差を表現しているわけです。orz(←エロ解説なのでどうぞ信用なさらないように)
 
ちなみに
3巻のエヴァが氷結・武装解除を使うことでノドカやネギの服が粉々になったことは記憶に新しいですね!(何年前だろう?)
 確認のため、3巻巻末の呪文解説を読むと、洋服のような柔らかいものは氷結させ、粉々にする効果があるようです。(金属などの硬いものは吹き飛ばすだけ)
同様に、風花・武装解除の場合は、洋服などの柔らかいものは花びらに変えてしまう効果があるそーです。すると、熱波は燃やすのかもしれませんねー。
 
 
●其処に山があるからさ!
夕映はまだまだブラの必要はないハズですが、今回はここで読者に対する手酷い裏切りがありましたね。少なく見積もってもノドカ級戦艦だったわけです。しかし、一体何が裏切りなのか?ということにおいて議論の余地は残されているかもしれません。やはり脱げるからには、其処に目指すべき頂きが無ければ本末転倒!……と、このようにネギまマインドは深遠の極みにあって、我々の理解の及ぶ世界ではないようです。
 
 
●ミルクティー・ブレイク
(……ところで、ベアトリクスが脱げなかった様だけど?)
(そこがネギま!の完成度の高さ、バランスの良さじゃないかな。 しかし、次回辺りで脱げるかもしれない。「決して脱げないキャラ」って味付けにするのも美味しいんだけど、出番が少なければそんな設定にも価値は無いし。難しいところだね。)
(…………)
 
大体、魔法の射手らしき呪文を使っている時点でベアトリクスは反則ですね。これで失格するかどうか?という点も微妙に残るかもしれません。
順当に考えれば、お目こぼしでしょうけど、エミリィ組を一位にしつつ、失格でファランドール組を繰り上げ当選にする展開だとか、グリフォンに引っ掛かっていない“ザ・勝負下着(?)”のフォン・カッツェ&デュ・シャ組が一位でゴールするかもしれないと深読みすることも出来るわけです。
 
仮契約カードのこともあって、夕映は学校から去ってしまうのか……という部分も考えられます。なんにせよ、オスティアにはエミリィもコレットも来ないとつまらないので、巧くやるんではないかと。
 
 
●内壁の有効活用
障壁をナナメに配置することで、敵からの攻撃を分散させたわけですが、それだけではなくて、どうやら「自分たちの攻撃」を「集中させる効果」もあったようですね。障壁の内壁部分を有効に活用した様で。(一読した時に、私自身が勘違いしていたので念のため)分かりにくいっスね。
 
これの応用は楽しい部分ですが、1人で魔法障壁と攻撃を同時にこなせるかどうか?という部分がまず問題ですね。前衛の夕映は武装解除を唱えたのか、障壁のナナメ配置をこなしたのか?とか。
 
ネギの雷の暴風なんかもコレで攻撃力を集中させることが可能になるかもしれません。(既に利用している可能性も?)重力系魔法の応用としてはこういうのも考えられたんですけど、まさか普通の障壁でやってくるとは思いませんでした。
 
 
●不屈のホウキ乗り
バレルロールとか、インメルマンターンとか、レインフォール・コークスクリューとかはまだですか?
バレルロールをやるとなると、ああっ女神さまみたいな前例があるので、障害物とかがないと見栄えが悪いかも。

 
 
ゆえゆえ推参!
名乗り上げキター!!
源平の昔からグレンラガンまで。名乗り上げは日本においても美しき伝統。いやはや、自然とテンション上がります。
 
こっち系はダイ大よりはうしとらですね。
 
ちょっと(かなり)遠回りしますけど、「本当の自分とは何か?」という問いにおける最強の答えの一つが、「私は私である」なわけです。自らの全ての側面を「ありのまま*1」に肯定するが故に、最強の答えとなりえるわけです。
 
通常、「君らしくない」などと相手を評価することは、「自分らしさの牢獄」に相手を閉じ込めようとする行為に他なりません。結局、心配のフリをしてみたところで「自分にとって都合のよい態度をとること」を要求したいだけでしょう。相手が自分にとって同じ状態であることに対してコストを支払っているわけで、勝手に変わってしまったら困るわけです。だから他者に対して既得権益を主張する権利があるなどと思い込んでしまう。*2
 
だがしかし!人間の自己に決まった形なんぞありゃしません。下手なことを言ってしまえば、相手は天邪鬼するだけでしょう*3。人間の魂は究極的には「自由」を求めます。
 
要するに、
 
テメーが勝手に“俺”のことを決めてんじゃねぇ!
 
……ですよ。その後はもう
 
 ↓
 
俺のことは、俺が決める!
 
 ↓
 
「俺」は「俺」だ!
 
となるわけで、
 
そこから、
「やぁやぁ、我こそは!」とか、「俺を誰だと思ってやがる?!」までは半歩の距離ですねー(笑)
 
なんというべきか、もはや「十全な状態」を創り出すための、原始的な魔法(もしくは暗示)みたいなものの様です。自由の喜びを全身で表現するだとか。そこから名乗り上げるということは、自分として「最も自分らしくある姿」を選択する儀式のようなものでしょう。これは心理学のペルソナとかを利用する方法だとかも含まれてきます。
「ありのまま」に触れていくと正直、語りきれない領域に入ってしまうわけで…………
 
 
・それからそれから
夕映のアーティファクトでこれからどうすんだ?的な部分はありますが(笑)、テキトーに弱点調べたり、実はネギみたいに魔法の矢より優れた呪文を搭載してたり、さっさと逃げたり、味方に指示出ししたりするんでしょう。(それ以外に何かある?)
 
そんなこと言ったら、グリフォンの間合いにモロに入り込んでどうやって逃げ出したんだ夕映っち?の方がよっぽど問題ですよ。(シューティングゲームだったらあそこでワンミスだし)
 
 
●テンペの悪夢
おっぱいミサイル撃つな!まき絵!(笑)
 
 
 

*1:当然 208時間目とも関係がある

*2:善意から「同じ状態」による「安定」を狙ってこのセリフを言う場合もあるでしょうけど、結論からすれば、水は低きに流れるものです。これは難しい部分もあります。

*3:それすら運命からの贈り物かも知れないわけで