雑記(スキマの話)

 
●体の隙間
朝の5時からアホな文章書くのって、最高だな!(二度寝を諦めるほどの価値なんかないと思うけど)
疲れてくると、身体ってギチギチに詰まって来ちゃうのね。柔らかい体ってのは、締まる←→たるむのふり幅が大きいことを意味しているから、硬い身体は締まりっぱなしになっていく。
 
逆方向からショートカットするけど、心の問題を、「心の隙間」みたいな言葉で表現する場合があるじゃないさ。失恋すると胸にポッカリと穴があいた、みたいな表現を使うし、実際にそういう感覚を感じたことのある人も多いと思うのだが、上記した身体の話との対比で考えると、これは中々おもろい話になっていく(笑) 隙間を恐れる意識が生まれるわけだけど、実際に隙間の無い状態はしんどいわけさ。
 
答えは、大抵、愛だろ、愛。猫でも女の子(異性)でもいいんだけど、イチャつけば回復するものもあらーな。だけど、隙間が無いと「たとえ愛であっても」入ってこれない。 そうじ力で言うと、捨てる技術ってのは、からっぽにする技術のこったな。これはたぶん現代病なんだろうけど、昔は埋め尽くすほどにはモノが無かったんだろうさ。
 
からっぽの心、つまり、無心。無心と愛がセットでお安くなっておりますってことなワケですよ。からっぽの心を作るには、からっぽの身体であるほうがいいやね。関節と関節、細胞と細胞の隙間が広がれば、内的な抵抗(摩擦)が減って身体は滑らかになり、軽くなる。
 
心に隙のある人って、仕事だと大丈夫か?と思ったりするけど、プライベートだと楽だしなんか好きだったりするよね。それは愛が入り込む余地があるように感じるからだ、とした場合、心に意図的に隙を作れるかどうかが交渉力に影響し始めるわけじゃないさ。こんなのは基本でしかないけど、応用力の高さに関しては注意しておいた方がいい。
それから周囲をとりこんだ上での自己の形成や拡大の話もでてくるんだけど、めんどいのでパス。
 
柔らかさは好循環の出発点ってね。ううっ、ねみてー。