雑記

 
 
●HEROMAN
前回ジョーイの姉が帰って来てボーっとしてるシーンがあったから、てっきりエイリアン怖くて3ヶ月経ってから恐る恐る帰って来たことに罪悪感を覚えてて〜とかのネタかとばかり思ってたんだけどな。家族を見捨てた自分に罪悪感とか、ジョーイにお姉ちゃん面したくて出会いがしらに攻撃して見せたりの演技派で、けっこう萌えキャラかも?なーんて思ったんだけど、思いっきりスルーじゃん。んー、ちょっと拾われるかどうか分からないなぁ。
 
 
●WORKING!!
OPから既にぽぷらの動きが「ン、よくも動く」という感じで可愛い。
 
 
●AB!
断片アニメというのかな。全体の流れはあるんだけど、1話ごとの繋がりみたいなのは変だって文句が出るようなタイプだよね。例えば、「卒業すべき場所」とか言っておきながら、自分はNPC化して消えた相手を待ってるとか何言ってるのか全然分からないとか。2人だけの永遠の愛の巣にしたかったとかそういう話?
 
 
お前が卒業しろよ!
 
 
……とか全力でツッコミたくなるよね。
 
でもまぁ、記号化とか言われてるようないわゆる象徴化、というか要素主義が進行するとこういう物語になっていくのは予想できたかもなーという感じ。お話のイメージとかドラマツルギーでなんとなく繋いであるだけの、バラバラの断片の寄せ集めみたいな。LDさんとかペトロニウスさん達の言ってる「情報圧縮」とかはこういうものに近付いていくんじゃないかなぁ。ツンデレとかクールビューティみたいなキャラ要素だけじゃなくて、物語もそういったテンプレートが要素的なものになって行けば、組み合わせただけで物語っぽく見えるものに落とし込まれていくだろうからね。
 
AB!は、まぁそこそこ成功だと思うけど、アニメには断片を繋ぐ機能が備わっているからその辺を豪華に目一杯駆使して作品になっているって感じなのかも。
 
情報圧縮の話を考えていくと、芝村的思考法の「世代」論の問題だと思われ、第二世代・第三世代型の物語って奴が前の世代の物語を下敷きにする時に、前提となるものに暗黙の了解を与えて圧縮をかけるんだと思う。そういう手順をこなす事によって、物語の次の段階を描くことを可能にするための工夫だと思うのだが、若者連中と前の世代の物語を共有できなくなることによって、化け物っぽい理解不能のものが出現してしまう予感があるんだわな。常に受け手が入れ替わり、若返り続けることによって、物語は次世代化の圧力を回避して来たのかもしれない。
 
 
いくつかの方向に纏められるなぁ。
・例えば、そのままテレビ見てるだけの描写型の認識方法から、要約型の構造把握まで含めた認識方法へシフトしていくとか。それならキャラをいちいち消すかどうか?で拘泥しなくて済むようになる。まぁ音無は仲間を消そうとしてるところで、その邪魔が始まってしまったから変に感じるのかもしれないけど。
 
・バッドエンドまで含めて複数ルートを描写していく方法論は、断片を積み重ねることによって纏まった全体的な物語に昇華させているのかもしれない。アニメ脚本みたいな1つのルートを描く方法は断片化を招くのかもしれないね
 
・要素化が進行していくと、組合せによる物語の自動生成が可能になっていくと考えられている。ランダムで3番と6番の物語を組合せました!みたいな。その場合、要約型の思考だと「物語の全体的な構成」が矛盾してしまう辺りが問題になると思うんだけど、AB!みたいに謎の世界観にしてしまえばいい。天使ちゃんがマジで天使の物語だってあったかもしれない。複数の解釈が可能な世界ならば、登場人物の勘違いでしたー♪ってやれば、後半の物語の矛盾を適当に改変して物語を勝手に読みかえることが出来るようになる。
 
 
いろいろと脇の甘いアニメだなぁーとは思うけど、楽しんでるからいいや。