雑記(冬月からみたエヴァ)

オタキングの古い動画の切り抜きがアップされたらしくて、それの内容から。
 
シンエヴァが出る前のQ以後のタイミングの動画で、内容というか題材は「シンジの本当の父はだれ?」というものだった。冬月とシンジが将棋を指すシーンがあって、そこからキャッチボールの代わりをしている→実は冬月がシンジの本当の父親!となっていて、ヱヴァは昼のメロドラマ!あっちもこっちも血縁!っていう論になっていた。
 
一瞬、納得した。ありそう!っていう。冬月を中心にした視点で考えると、ユイが元カノで、シンジの本当の父親だった説がかなり真強めになってくる。ゲンドウがシンジに対して冷たい理由とかともリンクしてくるっていう。……いや、まぁ、否定するんだけども。
 
冬月の父親説を否定しようと思うと、かなり詳細な反論が必要になってくる。しかし、それはやりたくない。ヱヴァは演繹的ではなく、帰納的というオタキングの推定は正しいと思う。そして冬月視点を考えると、冬月とユイはセックスしてなきゃおかしいというのも分かる話だ。これは困りました。
 
基本的な立場として、ユイは冬月とはしていないし、してたら成立しないはずなのよね。ヱヴァはゲンドウの物語だし、ユイはエヴァそのもの。福音でなければならない。実質的にユイを中心とした逆ハーレム状態で、ユイがキリトポジ。正妻アスナは当然ゲンドウで、冬月はハーレムメンバーのひとりになる。だから、冬月がシンジと将棋を指しているのは、「親子だから」というより、ゲンドウから「父親のポジを奪うため」だろう。それは間接的にユイの夫のポジションになることを意味する。
 
ユイは喪失されたことによって神になっていて、主役のゲンドウは唯一神ユイを信仰しているものの、「神は何も応えてくれない」と嘆き続けているのが大枠でヱヴァンゲリオンのお話。とはいえ、ゲンドウは冬月に嫉妬と疑いの眼差しを向ける可能性は十分にある。「まさかシンジの本当の父親は……」とかって。DNAを解析したら一瞬で否定される話でしかないけどね。
冬月の行動原理が贖罪とするのは否定しがたい。では何に対するものか?という辺りに詳細が必要なんだけど、ここを無視して誤認させたのがオタキングの論だろう。そもそもは、ユイ=キリトの喪失に対する贖罪だったはずなのね。それを将棋(キャッチボール)したら親確定!というパターン認識から、だから冬月が本当の父親!ともってきて、何のための贖罪かを(あえて?)ズラして誤認させているわけさね。
 
物語の役割として、ゲンドウとカヲルが分割された半身なのは理解できるし、シンヱヴァを思い返せばそうなんだろうなってなるわな。まぁ、冷静に考えたら、カヲルの中身って、「シンジを救う」しかないからね。ゲンドウの父親としての愛を外部に分割したらカヲルになるってのは分かる。カヲル司令はやり過ぎ感あるけど。ユイをベースとしたコピーが綾波レイだから、ゲンドウベースでアダムにしたらカヲルとかって話にしたいんだろうし。
つまり、ゲンドウの父性(息子への愛)は、カヲルが代理父やっているという話だから、シンエヴァに話が進んでしまえば、冬月父説は失われる。冬月もマリも、ユイのハーレムメンバーだから、ライバルポジなんだよね。そういう意味でマリは、ユイの子供に手を出して、間接的に想いを遂げようとする悪(=イイオンナ)になってくるけども。
 
うーん。冬月目線を詰めるのか。なるほど、めっちゃいいな。